1980年代から1990年代にかけて、独特の高低差がある声とテンポのよいコントで人気を集めた女性お笑いコンビ「ピンクの電話」。1986年の結成から40年を迎えた2026年、2人は現在何をしているのでしょうか。「最近テレビで見かけない」「解散したのではないか」と気になっている人も少なくありません。
実際には、コンビの解散と、2人がそれぞれの分野で活動していることは別の話です。2026年8月には清水よし子がテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演し、結婚後の暮らしや多彩な趣味を紹介。竹内都子も俳優・声優として幅広く活動しています。結成秘話、「ザ・テレビ演芸」の9週勝ち抜き、不仲説が広がった背景まで、公開されたインタビューや報道をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 解散説の真相:2026年8月の週刊女性PRIMEは、ピンクの電話は解散していないと報道しています。
- 結成とブレイク:1986年に結成。劇団七曜日を出発点とし、「ザ・テレビ演芸」で9週勝ち抜いた実績があります。
- 2人の現在:清水よし子はテレビ・舞台や日本舞踊、シャンソンなどに取り組み、竹内都子は俳優・声優・リポーターとして活躍しています。
【結論】ピンクの電話は解散していない?2026年の現在
まず気になる結論から整理すると、2026年10月現在、ピンクの電話が正式に解散したという発表はなく、同年8月の週刊女性PRIMEも「解散していない」と報じています。
ただし、1980年代後半から1990年代にかけてのように、テレビ番組で2人がそろって登場する姿を頻繁に見られるわけではありません。近年は、清水よし子と竹内都子が個々の仕事を中心に活動しているため、コンビとしての露出が減っています。
この変化が、解散説や不仲説につながったと考えられます。しかし、コンビでの出演が減ったという事実だけでは、関係が悪化したとも、解散したとも判断できません。
2026年8月22日付の週刊女性PRIMEは、2人の近況を取り上げ、個人活動の違いやライフステージの変化を背景に解説しました。また、清水は同月28日、テレビ朝日系の長寿番組「徹子の部屋」に出演しています。
つまり、現在のピンクの電話を理解するには、かつてのようなコンビでのテレビ出演だけでなく、2人それぞれの芸歴と活動内容にも目を向ける必要があります。
【結成秘話】1986年、劇団七曜日から大阪シスターズへ
ピンクの電話の歴史は、1986年のコンビ結成より前、演劇活動の時代にさかのぼります。清水よし子と竹内都子は、ともに劇団七曜日の初期メンバーとして活動し、演技やコントの経験を積みました。
2人がお笑いの道へ進むきっかけをつくった人物として知られるのが、芸能事務所を経営していた石井光三です。石井はコント赤信号などのお笑い分野に強く、劇団員のなかから大阪出身の3人を集め、「大阪シスターズ」というグループを結成させました。
この3人組が、ピンクの電話の原型です。竹内都子が2024年7月にテレビ朝日系の情報メディア「テレ朝POST」のインタビューで語った内容によると、グループ名の変更には、劇団の稽古場にあった電話機が関係していました。
劇団員が稽古場の黒電話を使って実家などに電話をかけ、電話代が高くなったことから、石井が硬貨を入れて使うピンク色の公衆電話に変更したそうです。その電話を見たコント赤信号の渡辺正行が「ピンクの電話」という名前を付けました。
当初は3人で活動していましたが、もう1人のメンバーがグループを離れ、残った清水と竹内がコンビとして活動を続けることになります。こうして、現在まで知られるピンクの電話が形づくられました。
所属先として知られる石井光三オフィスの存在も、2人の芸歴を語るうえで欠かせません。演劇からコントへ進み、舞台で経験を重ねながらテレビ出演の機会をつかんでいったことが、後のブレイクにつながりました。
【ブレイクの転機】ザ・テレビ演芸9週勝ち抜きの実力
ピンクの電話の名前を広く知らしめた出来事の一つが、テレビ朝日系のお笑い番組「ザ・テレビ演芸」での勝ち抜きです。司会を務めたのは横山やすし。ピンクの電話は同番組で9週勝ち抜きという実績を残しました。
テレビ朝日系「テレ朝POST」の2024年7月のインタビューで、竹内は、コンビ結成後すぐに仕事が増えたわけではなかったと振り返っています。コントの評価は得ていたものの、なかなか出演依頼につながらず、毎月新しいネタを作りながらアルバイトも続けていた時期があったといいます。
転機になったのが、「ザ・テレビ演芸」への挑戦でした。竹内の証言によると、番組で10週勝ち抜けば賞金100万円がもらえることを知ったのは、9週目まで勝ち進んだ頃だったそうです。2人は賞金を獲得できると期待していましたが、10週目で敗退し、賞金獲得には至りませんでした。
それでも、9週勝ち抜いた実績は大きな注目を集め、バラエティー番組への出演が増えていきます。「デブと痩せの凸凹コンビ」として親しまれた2人は、声質や体格の対照的な個性を生かし、OLを題材にしたコントなどでも人気を獲得しました。
「笑っていいとも!」では、竹内がダイエット企画に挑戦したことも話題になりました。テレビ朝日のインタビューでは、企画を通じて15キロの減量に成功したエピソードも紹介されています。
ピンクの電話のブレイクは、単にテレビに出演したことだけが理由ではありません。舞台で磨いた演技力、継続してネタを作る姿勢、そして2人の声や見た目の対照性が組み合わさり、コンビならではの個性が視聴者に伝わったことが大きかったと考えられます。
ここまでの主な経歴を、時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 劇団七曜日時代 | 清水よし子と竹内都子が演劇活動を経験 | 舞台で培った表現力が後のコントの土台に |
| 結成前後 | 大阪シスターズとして3人で活動 | 石井光三の後押しでコントに取り組む |
| 1986年 | ピンクの電話を結成 | 清水と竹内の2人組として活動を展開 |
| ブレイク期 | 「ザ・テレビ演芸」で9週勝ち抜き | テレビ出演が増え、コンビの知名度が上昇 |
| 1990年代以降 | テレビ、舞台、個人の仕事へと活動が広がる | それぞれの得意分野を生かした活動が進む |
| 2026年 | 清水が「徹子の部屋」に出演 | 個人の近況や趣味、家族について紹介 |
【2026年最新】清水よし子の現在、結婚と娘との暮らし
ピンクの電話のボケ担当として知られる清水よし子は、1958年6月29日生まれ。2026年10月現在は68歳です。高い声を生かした芸風で知られていますが、現在はテレビ出演だけでなく、舞台やさまざまな習い事にも取り組んでいます。
2026年8月28日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」では、清水が出演し、家族との暮らしや趣味について語りました。番組の紹介記事を掲載したテレ朝POSTやMANTANWEBによると、清水の一人娘・梨々香さんは学生時代にスケート競技の日本代表として活躍し、国際大会にも出場した経歴があります。
清水自身も娘のスケートをきっかけに競技に取り組み、大会で2位になった経験があるそうです。日本舞踊では親子そろって名取となり、シャンソンではショーに出演するほど活動の幅を広げています。さらに、近年はマジックも習い、同番組では黒柳徹子に披露しました。
清水の現在を知るうえでは、結婚後の生活も注目されています。清水は1992年に出版社社長の浅田正行さんと結婚しました。2026年9月のABEMA TIMESの報道では、結婚当初から夫とは離れて暮らす生活スタイルを続けてきたことが紹介されています。
清水によると、夫は週末に東京へ帰ってくる生活を続けており、一人娘が結婚して家を離れた後も、そのスタイルは続いているとのことです。娘は2025年に結婚しており、清水は「徹子の部屋」で、家族のライフステージが変わった後の暮らしについても語りました。
清水の近況から見えてくるのは、家庭を大切にしながら、芸能活動や趣味にも意欲的に取り組む姿です。コンビでの出演が減ったからといって、芸能活動そのものが止まっているわけではありません。
【結婚後の活動】竹内都子は俳優・声優として活躍
一方、相方の竹内都子は1962年2月5日生まれ。2026年10月現在は64歳です。ピンクの電話での活動に加え、俳優、声優、リポーターなど、さまざまな分野で仕事を続けています。
竹内の代表的な活動には、テレビ番組「朝だ!生です旅サラダ」への出演や、NHK連続テレビ小説「まんぷく」、NHKドラマ10「燕は戻ってこない」、フジテレビ系「グランマの憂鬱」などがあります。映画「高野豆腐店の春」への出演も知られています。
声優としては、テレビ朝日系のアニメ「ドラえもん」シリーズでジャイアンのママ役を担当。お笑い芸人として身につけた声の表現力に加え、舞台経験を生かした演技力が、俳優や声優としての仕事にもつながっています。
私生活では、俳優の菅原大吉さんと1995年に結婚しました。テレビ朝日系のインタビュー記事によると、2人は11年の交際を経て結婚しています。夫婦で舞台に立つ機会もあり、2023年には2人芝居「満月~平成親馬鹿物語~(改訂版)」で共演しました。
夫婦で取り組む舞台企画「夫婦印(めおとじるし)」も、竹内の活動を語るうえで重要です。コンビとしての仕事だけにとどまらず、俳優としてのキャリアを築き、パートナーとの舞台活動にも取り組んでいます。
清水がテレビ出演や趣味、家族との時間を含めて幅広く活動する一方、竹内は俳優・声優として出演作を重ねてきました。2人の仕事内容が異なることは、コンビ解散の証拠ではなく、それぞれのキャリアが広がった結果として理解するのが自然です。
【不仲説・解散説】なぜ噂が広がったのか、その真相
ピンクの電話の不仲説や解散説が広がった背景には、主に3つの事情があります。
1つ目は、コンビでテレビに出演する機会が減ったことです。かつては2人でバラエティー番組に出演する姿が広く知られていましたが、個人での活動が増え、コンビでの露出が少なくなりました。視聴者が以前のイメージと現在の出演状況を比較し、「解散したのではないか」と感じるのは不思議ではありません。
2つ目は、結婚後の生活や仕事の方向性が異なることです。清水は1992年に結婚し、一人娘を育てながら活動してきました。竹内は1995年に菅原大吉と結婚し、俳優・声優としての仕事や夫婦での舞台活動を重ねています。それぞれの生活や仕事の比重が変われば、コンビでの活動頻度も変化します。
3つ目は、個人活動の情報が目立つようになったことです。清水が「徹子の部屋」に出演すれば、その家族や趣味がニュースになります。竹内については、ドラマや映画、舞台などの出演情報が中心です。こうした報道を別々に目にすることで、2人が完全に別の道へ進んだように受け取られることがあります。
では、不仲説を裏付ける決定的な事実はあるのでしょうか。2026年8月22日付の週刊女性PRIMEは、近年のコンビ出演の減少や不仲説に触れながら、2人は解散していないと報じています。少なくとも、同報道からは、出演機会の減少を不仲の証拠として扱うことはできません。
芸能コンビの活動形態は一様ではありません。定期的に2人でテレビに出るコンビもあれば、個々の仕事を中心にしながら、コンビ名を維持するケースもあります。出演頻度と人間関係は、分けて考える必要があります。
また、2026年10月現在、2人が今後どのような頻度でコンビとして活動するかについて、具体的な新規予定が広く発表されているわけではありません。今後の共演については、実際の出演情報や本人・所属先の発表を基準に見るのが適切です。
【プロの結論】ピンクの電話の現在を正しく理解する3つの視点
ピンクの電話の現在を理解するうえで重要なのは、「解散したかどうか」と「全盛期と同じ活動をしているかどうか」を混同しないことです。
1986年の結成から40年。劇団七曜日で演劇を学んだ2人は、コントで知名度を上げ、その後は個人の能力を生かして仕事の幅を広げてきました。芸能生活が長くなれば、出演する番組や舞台の種類が変わることもあります。
ネット上で芸能人の解散説や不仲説を見かけた場合は、次の3点を確認すると、情報を整理しやすくなります。
- 正式な解散発表があるか:コンビの解散を判断するうえで、本人や所属先による発表は重要な情報です。
- 近年の報道でどのように紹介されているか:出演機会が減ったという事実と、解散や不仲が確認されたという情報は別物です。
- 個人活動を含めて近況を見る:テレビのコンビ出演だけでなく、舞台、ドラマ、声優、トーク番組なども活動状況を知る手掛かりになります。
この視点で見ると、ピンクの電話は、かつての人気コンビという一面だけでは語りきれません。清水よし子は家族との暮らしを大切にしながら多彩な活動を続け、竹内都子は俳優・声優として仕事を積み重ねています。
2人が毎回そろって活動することだけが、コンビの価値を決めるわけではありません。長い芸歴のなかで培った関係と、それぞれのキャリアをどう両立させていくか。その変化に目を向けることが、現在のピンクの電話を理解するための大切な視点です。
【ピンクの電話】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ピンクの電話は2026年現在、解散していますか?
A1:2026年8月の週刊女性PRIMEは、ピンクの電話は解散していないと報じています。近年は個々の仕事が中心となり、2人そろってテレビに出演する機会が減っています。
Q2:ピンクの電話はいつ結成されましたか?
A2:1986年に結成されました。2人は劇団七曜日で活動し、当初は大阪シスターズという3人組からスタート。メンバーの1人が離れた後、清水よし子と竹内都子のコンビになりました。
Q3:「ザ・テレビ演芸」では何週勝ち抜いたのですか?
A3:9週勝ち抜きました。10週勝ち抜けば賞金100万円を獲得できるところでしたが、10週目で敗退。それでも、この実績をきっかけにテレビ出演が増え、知名度を高めました。
Q4:清水よし子は現在、何をしていますか?
A4:テレビや舞台などの仕事を続けています。2026年8月28日には「徹子の部屋」に出演し、日本舞踊、シャンソン、マジックなどの活動についても紹介されました。
Q5:清水よし子と竹内都子は結婚していますか?
A5:はい。清水は1992年に出版社社長の浅田正行さんと、竹内は1995年に俳優の菅原大吉さんと結婚しています。清水には一人娘がおり、2025年に結婚したことが2026年の報道で紹介されています。
Q6:ピンクの電話の不仲説には根拠がありますか?
A6:2人の出演機会が減ったことは事実ですが、それだけで不仲とは判断できません。2026年8月の報道では解散していないとされており、個人活動の違いや生活の変化が、コンビとしての露出に影響していると考えられます。
まとめ:ピンクの電話は解散説よりも現在の活躍に注目
ピンクの電話は、1986年に結成され、「ザ・テレビ演芸」での9週勝ち抜きをきっかけに人気を獲得した女性お笑いコンビです。劇団七曜日での演劇経験を土台に、独特の声の対比やコントで視聴者の記憶に残る存在となりました。
2026年現在、2人は以前のように頻繁にコンビでテレビに登場しているわけではありません。しかし、週刊女性PRIMEは解散していないと報じており、清水よし子は「徹子の部屋」への出演などを通じて近況を伝え、竹内都子は俳優・声優として活動を続けています。
不仲説や解散説を考える際には、出演機会の減少と、正式な解散や関係悪化を示す情報を区別することが大切です。40年にわたる芸歴のなかで、2人はそれぞれの生活と仕事を築いてきました。今後のコンビでの共演はもちろん、個人としての舞台やテレビ出演にも注目していきたいところです。 (出典: ピンクの電話(Yahoo!ニュース))