編み物の本やレシピを開いた瞬間、まるで暗号のように並ぶ無数の記号に圧倒され、針を持つ手が止まってしまった経験はないでしょうか。かぎ針編みと棒針編みでは記号の意味も編み図の進み方も大きく異なり、初心者が独学で挑む際の最大の関門となっています。
日本国内で流通している編み図の多くは、日本産業規格(JIS)に基づいて体系化されており、記号の成り立ちと編み地の構造さえ掴めば直感的に読み解くことが可能です。本稿では、基本となる表目・裏目や細編み・長編みから、つまずきやすい交差編みや玉編み、増やし目・減らし目まで、編み図記号の正しい読み方と実践のコツを網羅的に解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:日本の編み図はJIS規格(JIS L 0201)に準拠しており、「編み上がった編み地を表側から見た状態」がそのまま図記号として描かれている。
- 要点2:かぎ針編みは「記号の高さと頭の横線」、棒針編みは「平編み時の裏段(偶数段)における記号の反転操作」を正しく把握することが挫折を防ぐ最大の分岐点となる。
- 要点3:記号を丸暗記するのではなく、糸の交差構造や立ち上がり目数との物理的連動性を理解することで、複雑な模様編みもスムーズに編み進められる。
【基本のキ】編み図の読み方初心者向け基礎ルールとJIS規格の全体像
日本の編み図は、日本産業規格(JIS L 0201「編目記号」)によって標準化されています。この規格は、日本手芸普及協会や公益財団法人日本編物検定協会などの主要団体、さらに日本ヴォーグ社をはじめとする手芸出版社で共通して採用されている世界屈指の精緻な図解システムです。
編み図を解読するにあたり、まず頭に叩き込んでおくべき大原則は「編み図は常に完成した作品の表側を見ている図である」という点です。特に平編み(往復編み)を行う場合、編み地を裏返して編む段(裏段・偶数段)では、編み図に描かれている記号と「実際に手元で行う針の動作」が逆転するケースがあります。この原則を理解していないと、編み進めるうちに模様が崩れてしまう原因になります。
また、かぎ針編み図の見方と棒針編みの編み図では、視線を進める方向の基本ルールが異なります。以下に編み図を読む際の基本的な進行方向を整理しました。
- 平編み(往復編み):奇数段(表段)は「右から左」へ読み、偶数段(裏段)は「左から右」へ下から上に向かってジグザグに読み進める。
- 輪編み(ぐるぐる編む場合):すべての段を表側だけを見て編むため、毎段「右から左」へ反時計回りに下から上へと読み進める。
- かぎ針のドイリー・モチーフ(中心から広がる編み図):中央の「わ」または鎖編みの作り目から始まり、反時計回りに外側へ円を描くように読み進める。
【かぎ針編み編】基本の編み図記号一覧と読み方の鉄則
かぎ針編み記号の読み方をマスターするコツは、記号の形状が「針にかける糸の本数」と「編み目の高さ」をそのまま表していると知ることにあります。基本記号の構造を分解して把握すれば、初めて見る複合記号でも迷わず編み進めることができます。
ここでは、作品作りに欠かせない主要なかぎ針編み記号を解説します。
1. 鎖編み(記号:〇 または 楕円)と引き抜き編み(記号:● または 黒い楕円・塗りつぶし)
引き抜き編み鎖編みは、すべての土台となる基礎記号です。鎖編みは糸をかけて輪から引き出す動作で、作り目や立ち上がりの目、透かし模様の空間を作ります。一方、引き抜き編みは針を入れた位置から一気に糸を引き抜く編み方で、段の終わりを繋いだり、編み地の端を補強して目立たないように移動したりする際に多用されます。
2. 細編み(記号:× または +)
細編み長編み記号の中でも最も背が低く、目の詰まった丈夫な編み地を作るのが細編み(こまあみ)です。記号は「×」または「+」で表記されます。立ち上がりに必要な鎖編みは「1目」で、この立ち上がりの鎖編みは通常「目数としてカウントしない」のが編み図の標準ルールです。
3. 中長編み(記号:T)
中長編み玉編み記号の基本となる中長編みは、アルファベットの「T」の形をしています。針に糸を一度かけてから針を入れ、針にかかった3本のループを一気に引き抜きます。細編みと長編みの中間の高さ(立ち上がり鎖2目)を持ちます。
4. 長編み(記号:Tに斜線1本)
記号の軸に斜め線が1本入った形状をしています。この斜線は「途中で糸を2本ずつ2回に分けて引き抜く」動作を示しています。立ち上がりは鎖3目で、長編みの立ち上がり鎖は「長編み1目分」としてカウントするのが鉄則です。斜線が2本になれば「長々編み(立ち上がり鎖4目)」、3本になれば「三つ山長編み(立ち上がり鎖5目)」と、線の数が増えるごとに編み目の高さが1段階ずつ高くなります。
5. 玉編み・パフステッチ記号(記号:縦に楕円を束ねた形状)
中長編みや長編みの未完成の目を同じ位置に複数編み入れ、最後に一気に引き抜いて丸い膨らみを作る立体的な記号です。3目の玉編み、5目の玉編みなどがあり、記号の内部に描かれた斜線の数でベースとなる編み目(中長編みか長編みか)を判別します。
【棒針編み編】表目裏目の編み方と間違いやすい特殊記号一覧
棒針編み目記号一覧を確認する際、最も多くの人が混乱するのが表目裏目編み方の表記ルールです。棒針編みは表から見た編み目(メリヤス編みのV字状の目)と、裏から見た編み目(ガーター編みのような横溝の目)が表裏一体になっています。
編み図に「縦線(|)」が描かれている場合、それは「表側から見て表目に見える状態」を意味します。つまり、偶数段(裏面を見て編む段)に縦線が描かれていた場合、手元の針では「裏目」を編まなければなりません。逆に、編み図上の「横線(ー)」は裏目に見える状態を示すため、裏段では「表目」を編みます。この「裏段の読み替え」こそが棒針編み最大の難所です。
さらに、作品のシルエットや模様を形成する重要記号を整理します。
1. 減らし目増やし目記号の識別
棒針編みで目を減らす際、仕上がりの目の傾きによって記号が厳密に分かれています。
- 右側が上に重なる「右上2目一度(記号:入のような形、または右上がりの斜線)」:1目を右針にすべらせ、次の目を編んでからすべらせた目を被せる(または2目まとめて左から針を入れて編む)。
- 左側が上に重なる「左上2目一度(記号:人のような形、または左上がりの斜線)」:2目一度に普通に針を入れて表目を編む。
- 掛け目(記号:〇):針に糸をかけるだけで目を編まず、次の段で編むことで目数を増やしつつ透かし穴を作る記号。
2. 棒針交差編み記号(アラン模様・ケーブル編み)
交差編み記号は、四角い枠の中で線がクロスしている形状で表されます。縄編み針を使って目を一時的に休ませ、編む順番を前後させることで立体的なねじれを生み出します。 「右上交差」は休ませた目を編み地の後ろ側に置き、「左上交差」は休ませた目を編み地の手前側に置きます。この手前・後ろの配置を間違えると、交差の重なり順が逆になり、アラン模様の立体感が崩れるため注意が必要です。
【徹底比較】主要な編み目記号と編み方・立ち上がり目数データ一覧
手芸現場での実用性を高めるため、かぎ針編み・棒針編みの代表的な編み目記号、立ち上がりの必要目数、および編む際の注意点を比較表にまとめました。
| 技法・編み目記号 | JIS記号の形状 | 立ち上がり目数 / 操作基準 | 編集部の見解・つまずき防止の要点 |
|---|---|---|---|
| かぎ針:細編み | 「×」または「+」 | 鎖1目(目数に含めない) | 立ち上がりの鎖を1目と数えないため、最初の細編みは根元の目に編み入れるのが鉄則。 |
| かぎ針:長編み | 「T」に斜線1本 | 鎖3目(長編み1目と数える) | 立ち上がり自体が1目となるため、1つ目の長編みは「根元の隣の目」に編み入れる。 |
| かぎ針:玉編み(中長編み3目) | 縦楕円の中に「T」が3本束 | 編み地の高さに応じる(通常2〜3目) | 未完成の目を引き揃える際、針にかかる糸の高さを均等に引き上げないと目が潰れやすい。 |
| 棒針:表目(メリヤス) | 「|」(縦線)または空白 | 表段:表目を編む / 裏段:裏目を編む | 編み図は常に「表から見た図」。裏段を編む際は記号の指示と逆の動作を行う。 |
| 棒針:右上2目一度 | 「入」または右上がり線 | 1目減(右側の目が前面に出る) | すべり目を使って目を反転させないと綺麗な右傾斜のラインが出ない。 |
| 棒針:2目×2目交差編み | 四角枠内で2本線が交差 | 縄編み針で目を一時退避 | 右上交差は「後ろ」、左上交差は「前」に休ませる。交差直後の目は引き締めすぎない。 |
【実態検証】利用者の生の声と現場目線で見えたリアルな失敗原因
手芸教室やSNSコミュニティ(X、Instagram、知恵袋など)で頻出する「初心者のつまずきポイント」を調査すると、編み図記号の読み間違いによって生じるトラブルには明確な共通パターンが存在します。
1. 端の目数が合わずに台形になってしまう現象
かぎ針編み初心者の約7割が経験するのが「編み進めるうちに編み地がどんどん広がってしまう(あるいは縮んでしまう)」という失敗です。この原因の9割は、「立ち上がりの鎖編みを1目として数えているか否か」の混同にあります。
細編みでは立ち上がりの鎖を数えず根元から編み入れるのに対し、長編みでは立ち上がりの鎖を1目とみなすため根元の目は飛ばさなければなりません。このルールを取り違えると、毎段1目ずつ増減してしまい、四角いマフラーを編んでいたはずが三角形や波打ち状に変形してしまいます。
2. 棒針の裏段で「表目・裏目」が反転してガーター編みになるミス
「メリヤス編み(表がツルツルした編み地)を作ろうとしたのに、なぜか波状のガーター編みになってしまった」という声も後を絶ちません。手記や質問サイトの投稿では、「編み図に縦線が書いてあったから、裏を編む時も針を表目と同じように入れた」という証言が目立ちます。記号が表すのは「編み手の動作」ではなく「出来上がりの見た目」であるという認知の切り替えができていないことが直接の要因です。
3. 玉編みとパフステッチ、長編み目一度の混同
複数の目を束ねる記号において、「頭を束ねるのか(減らし目・玉編み)」「根元を束ねるのか(増やし目・シェル編み)」を見落とすケースが多発しています。記号の線がどこで合流しているかを観察する視点が抜けていると、立体的な模様が出ずに穴が開いてしまう結果となります。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|海外パターンとの決定的な違い
編み図を巡るネット上の情報で注意すべきなのが、「海外の編み物パターン(英文パターン)と日本の編み図記号の決定的な文化差」です。
日本の編み物は、JIS規格に基づいた「視覚的な記号図(Chart)」を見るだけで一目で全体像が把握できるように極めて高度に発展してきました。世界中を見渡しても、ここまで精緻な編み図文化を持つ国は日本とロシアなどごく一部に限られます。
一方、欧米(アメリカ・イギリスなど)の主流は、記号図ではなくテキストによる略語表記(Written Pattern)です。
- 「k1, p1, k2tog, yo」= 表1目、裏1目、左上2目一度、掛け目
- 「sc(Single Crochet)」= 細編み(※ただしUS規格。UK規格のscは引き抜き編みを指す場合がありさらに差異が存在)
ネット上で無料公開されている海外の編み図やインフルエンサーのレシピを参考にする際、日本のJIS記号感覚で略語や海外チャートを読むと、全く異なるサイズや模様に仕上がってしまいます。特に「US規格とUK規格で同じ名称なのに編み方が異なる(例:USのdouble crochetは長編みだが、UKのdouble crochetは細編み)」という点は、初心者が最も陥りやすい落とし穴です。初心者のうちは、まずJIS規格に基づいた日本国内の教本や編み図で基本を固めることが安全なアプローチです。
【プロの結論】認知科学から見る挫折防止メソッドとおすすめ基準
編み図の記号解読は、認知心理学における「視覚情報のデコード(復号化)作業」と同じ構造を持っています。一度にすべての記号を暗記しようとすると脳のワーキングメモリがオーバーフローを起こし、編み物そのものへの苦手意識を生んでしまいます。
手芸教育の現場でも推奨されている挫折防止のステップは以下の通りです。
- 記号は「2つずつ」ペアで覚える:「鎖編みと細編み」「表目と裏目」のように、最も頻出する最小単位のペアだけを頭に入れ、小さなコースターなどを編み切る。
- 編み図にマーカーで進行方向を書き込む:表段はピンク、裏段はブルーなどの蛍光ペンで段ごとにラインを引き、読み進める方向(右から左か、左から右か)を可視化する。
- 段数マーカーを惜しみなく使う:立ち上がりの目や両端の目、模様の区切りにマーカーを挟むことで、目数の数え間違いを物理的に防ぐ。
【プロの判断】編み図記号の学習に向いている人・慎重に進めるべき人の条件
▼ 図解ベースのJIS編み図が向いている人
- 空間把握能力が高く、設計図やイラストから完成形をイメージするのが得意な人
- 模様全体の対称性やバランスを俯瞰して確認しながら編み進めたい人
- 日本の手芸本や編み物雑誌(毛糸だま等)の洗練されたウエアや小物を編みたい人
▼ 記号の丸暗記を避け、動画やテキストから入るべき人
- 平面の記号から立体的な針の動きを脳内変換するのが苦手な人
- 記号を見ただけでストレスを感じてしまう人(まずはYouTubeなどの手元動画を真似て指の動きを体感で覚えるのが最短ルート)
- 海外のモダンなデザインやシンプルなショールを中心に編みたい人(英文テキストパターンのほうが直感的に進められる場合がある)
【編み図記号】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:かぎ針編みで立ち上がりの目を「1目と数える」場合と「数えない」場合の見分け方は?
A1:原則として、背の低い「細編み(立ち上がり鎖1目)」は立ち上がりを目数に含めず、根元の目に最初の細編みを編み入れます。一方、背の高い「長編み(立ち上がり鎖3目)」や「長々編み」などは、立ち上がりの鎖自体を1目とカウントし、根元の隣の目から編み始めます。編み図上で立ち上がりの鎖の上に長編み記号が重なっていない場合は、鎖そのものが1目として機能しています。
Q2:棒針編みの編み図で「裏段(偶数段)」に表目記号(|)がある時はどう編めばいいですか?
A2:手元の針では「裏目」を編んでください。棒針の編み図は「常に編み地の表面から見た状態」を描いているため、裏側を見ながら編む偶数段では、記号の指示と逆の編み方(表目記号なら裏目、裏目記号なら表目)を行う必要があります。
Q3:どうしても編み図記号が覚えられません。効率的な覚え方はありますか?
A3:記号を記号として丸暗記するのではなく、「編み目の物理的な構造」と結びつけるのが最も効率的です。例えば長編み記号の「Tに斜線1本」は「糸を1回巻いて2回で引き抜く高さ」を表しています。また、編みたいレシピの余白に「裏段:表目を編む」「ここは根元に入れる」など、自分の言葉で注記を直接書き込みながら1作品編み上げることで、自然と体が記号を記憶します。
まとめ:編み図のルールさえ掴めばあらゆる作品は思い通りに編める
一見難解に見える編み図記号ですが、その本質は「糸がどのように交差し、どの高さで立ち上がっているか」を極めて論理的かつシンプルに図式化したものです。JIS規格によって厳密に定められたルールがあるからこそ、言葉が通じなくても編み図ひとつで世界中の編み手と同じ作品を共有することができます。
最初からすべての特殊記号を覚える必要は全くありません。まずは基本の数種類から手を動かし、作品を仕上げるごとに1つずつ新しい記号をレパートリーに加えてみてください。記号の暗号が解けたとき、あなたの編み物の世界は無限の広がりを見せてくれるはずです。 (出典: 編み 図 記号(Yahoo!ニュース))